◇
夜の10時を過ぎた頃。
駅で莉菜と別れ、すみれ色の月を見上げながら帰路についた。
わたしの心を掴んで離さないこの感嘆が無意識に唇端を上げ、心に光を射している。
本当に、こんな素敵な光景を見られる日は二度とないだろうなって思うんだ。
…ねぇ、そうでしょう。
お母さん。
「ただい…「朱里、遅かったじゃないか」
「…うん」
「絵美香が心配していた。絵美香には無理をさせたくないのはお前も分かっているだろう」
「………」
「朱里、聞いてるのか」
「……聞いてる」
「だったら返事をしなさい」
「………」
「ったく…」
――…家に足を踏み入れて
待っていたかのような父が視界に入ったその瞬間
わたしの顔は無を表し、心の光は一瞬にして消え失せる。
最初から何も映していなかったかのように。
最初から光なんてものなかったかのように。
「ご飯は食べてきたのか。絵美香が用意していたぞ」
「っ、莉菜と食べてくるって言った…」
「それでも良かれと思って用意したんだ。疲れてるのに朱里のために用意した、優しさを汲んでやってくれよ」
…家に帰るたび
父の顔を見るたび
思うことはいつだって同じ。
お母さんに会いたい――…。