この街はあまりにも、黒が似合いすぎていると思う。
底知れない唯一の孤高さ。明るさなんてもの最初から必要としていない、甘美な蜜のような空間。
さっきの地下鉄のアナウンスだってそうだ。
“ご降車のお客様で未成年の方は、日付が変わる前のご帰宅をお勧めしております”。わざわざそんなことを周知するなんて、普通はありえない話。
親切なその言葉は幾度となく無機質な音へ変わってきたのだろう。…危険だと知っていながら、人々は結局足を進めるのだから。
もっとも、わたしもその“人々”のうちのひとり、なのだけれど。
「あっ!」
「…莉菜?」
「ねぇ朱里、あの高層ビル…今日は人がいるんだね!」
莉菜の無邪気な声で、心ごと我に返った気がした。
駅の出口へ続く階段を上りきってすぐ
遠くに在ると分かっていても、その高さに加えて街を象徴する孤高さと
何よりもの威圧感から近くに在ると思ってしまう、幻想のような建物を見上げる。
「本当だ。最上階だけ、人がいるのかな」
――…冷たい風が頬を撫でたことに、わたしは気付きもしなかった。