木枯らしが吹き始めた冬の始め、昼下がりの階段で美咲は冷たくなったお尻を気にしながらも、手をこすり合わせて隠れていた。




「はぁ〜、はぁ〜。」





両手に息を吹きかけ手を温める。





「早く来ないかな…。」





そこは田舎街に建てられた大きな病院にある非常階段。美咲は上の階から下を見下ろして、ある人が通るのを心待ちにしていた。





カツカツカツ……。






来た……。






美咲の見下ろす先には、白衣を着て黒縁のメガネをかけた梶田先生。
上から見たってあの歩き方、雰囲気から先生だと分かる。





うわぁ〜先生来たっ。





胸を触るとドキドキが止まらない。
息を止めていないとバレちゃいそう。





美咲は履いていたサンダルを脱いで、階段を一段ずつ降りていく。





バタンっ





非常階段4階の扉がいつものように閉まると、美咲は勢いよく駆け下りた。





タンタンタンタンッ








「ふぅ」





扉の前で一呼吸、そして静かに扉を開ける。
ちらっと廊下を見てみると、数メートル先に先生の白衣が見えて、ナースステーション前を曲がっていく。






勢いよく廊下に飛び出して、走ってナースステーションギリギリで止まる。
静かに東病棟を見ると、





ドキンっ





梶田先生が近くの病室に入っていく。





ドキドキを残したまま、廊下を走って先生とは反対の西病棟にある部屋に滑り込んだ。





はぁ〜今日も見ちゃった、梶田先生。
少しだけど、横顔見ちゃった!!
先生の歩いた後の廊下は、優しいシャンプーの匂いしてた。





「ぐふふ」





『何が「ぐふふ」だ?』





「キャッ!!!」




振り向くと真後ろには藤堂先生が立っている。




「何でもありませーん!」





慌てて自分のベッドのあるカーテンをめくってベッドに入る。




シャッ




と閉めたと思うと





シャッ





とまた開けられた。
天使の梶田と悪魔の藤堂。
私の主治医は残念ながら悪魔の方…。
でも私の好きなのは天使の梶田センセっ。





『俺の前を猛ダッシュで走って何してたんだ。』






えっ!?





「どこからっ!?どこからつけてたんですか!?」





『つけてたんじゃない、突然目の前に現れたと思ったら、走っていなくなったのはどっちだ!?』





もしや階段から…。
私がいたのは6階、先生たちがいる医局は5階、ここ小児科は4階。
梶田先生が医局のある5階から4階に降りた後、藤堂先生も降りてきた可能性もある…。でも直球では聞けない。私があの階段にいたことがバレてしまうから。




色んなことを頭の中で巡らせていると、藤堂先生が血圧計を用意し始める。





「えっ?今?」





普段この時間は回診ではないけど、看護師さんか先生が回ってくる。看護師さんなら体温を測りに。先生ならただ様子を見にくるだけ。
だから私は階段でいつものようにやってくる梶田先生を待っていた。
藤堂先生が来るのは、たいてい梶田先生を確認してからだいたい10分後のこと…。
今日は早くに、そしてなぜ今から診察の準備をしているのか、目の前の藤堂先生は私に御構い無しに進めていく。





『はい、腕出して。』





無視か…。





『ちゃんと出すっ!』





腕を掴まれ、パジャマの上から血圧を測られる。





シュッシュッシュッシュッ





痛い……。結構きつめに空気を入れられて痛い。
看護師さんが普段持ってくるのは、もっと簡易的なものなのに、なぜか藤堂先生はこの血圧計なんだよなぁ。