仕事が終わっても、まだ明るい夕刻。
 先日、碧海さんに教えてもらった製鉄所跡地の撮影現場に伺った。

 雑草が生い茂り、手入れの行き届いていない芝が生えた空き地には、歪んだ金属やコンクリートの瓦礫が散乱していて、錆びた鉄の匂いや土埃の匂いがする。

 こういう場所で、碧海さんは撮影しているんだ。どんな映画になるのか完成が楽しみ。
 撮影機材がないし、スタッフさんも俳優さんも見学者も人っ子ひとりいないな。
 もっと奥で撮影をしているのかな。

「よそ見しないで、特に日没後は危ないですよ」
 碧海さんだ!
 なぜか背筋が伸び上がり、そっとうしろを振り返った。
「こんばんは」
「こんばんは、お疲れ様です。凄い怪我、大丈夫ですか!?」
 思わず介助の体勢で、腰と背中に手を添える。

「僕ですよ」
「わかってますよ。それよりも早く怪我の手当てを。看せてください」
 派手にやって、どうして放置するの。もう。
「いったい、撮影現場はどうなってるんですか、痛いでしょ、こんなになっても放っておいて」
「血糊と特殊メイクです。さすがプロの技術だな」
 語尾は独り言を呟いたみたい。首や腕やシャツ越しの胸もとに、痛々しい傷がたくさん。

「特殊メイクだと、よけいに僕と碧海さんの見分けができないのでは?」
「できますよ。特殊メイクですって?」
 見分け方よりも、まずは特殊メイクだって?
「表面が切れた静脈の鮮血。それに内出血した赤黒い血液の動脈。本物と見違えますよ」
「現役の看護師さんから感心されたと、メイクさん方に報告しておきます。喜びますよ」
 首から爪先まで、舐めるように視線を這わせる。

「珍しいですか? 触ると汚れますよ」
 クスッと鼻にかかった笑い声が、頭上から聞こえる。
「あっ、ごめんなさい。無意識に撫でてましたよね。ごめんなさい、あまりに傷口がリアルなもので」
 慌てて手を引っ込めた。
 ダメよ、ペースに乗ったら。伽瀬田さんは私の心を混乱させる人なんだから。

「碧海さんは建物の南側で撮影中です」
 碧海さんは撮影しているのか。
 南側って、どっちだろ? ゆっくりと肩から回って辺りを見渡す。
「南側は、あっちです」
 私のはるか頭上から、長い腕が見えてきた。
「あっちか」
「車の運転は、しませんよね?」
「しません、免許を持ってないです」
「丘咲さんは運転しないほうがいいです」
 とんでもない方向音痴は自覚している。

「碧海さんの撮影は、いつ終わりますか?」
「あれ次第です」
 伽瀬田さんが夜空に人差し指を向けた。
「マジックアワー待ちですが、ナイスタイミングでしょうね。あとは雲待ちです」
「帰ります」
「いっしょに碧海さんを待ちましょう」
「遠慮します」
「相変わらず、僕のことが気になるんですね」
「気になっていませんよ?」
「それだったらかまわないでしょう」