「おまたせ」
 驚いた肩が反射的に上がった。うしろから声をかけて来た碧海さんの存在が、私に言いかけた言葉を飲み込ませる。

「お疲れ様です」
 同時に発した言葉は、伽瀬田さんの穏やかな声と、上ずる私の声とがアンバランスに重なった。

 まだ碧海さんは、舞台の興奮が覚めやまない様子。碧海さんを話の中心に、無事に迎えられた千秋楽の話や打ち上げの様子の雑談をした。

 碧海さんの高まる高揚感を目の当たりにしたら、さっきまでの観劇での、どきどきがよみがえり高揚感に包まれる。

 周りの期待を一身に背負い、舞台を成功に導いた碧海さんの顔は晴れやかで、華やかで輝く存在が眩しい。

「花音ちゃん、そろそろ行こう」
 頷くことだけで精一杯。
「どうした?」

 膝を折り曲げ、子どもをなだめるような優しい声で、碧海さんが私を気にかける。

「眩しくて」
 現実から非現実な世界に引き込まれ、一瞬で現実に戻り、今また非現実の世界に引き戻された感覚。

 さすがにはっきり言えないから、もうひとつの素直な感想だけを伝えた。

「他のだれよりも、花音ちゃんに言われることが嬉しいよ」
「夢みたいで」
 初めてのことで脳が処理しきれない。

 時代背景が違う舞台から降りて来た人が、現代に生きているのが、おかしい。

「碧海さんですよね?」
 確認するって、おかしな人だと思われそう。

 碧海さんが不思議そうな顔で、私を見ているのが視界のすみでも確認できる。

「碧海さん、僕にも経験があります。舞台と現実の世界の区別が曖昧になって、頭が混乱するんです。丘咲さんもたぶん」

 “たぶん”じゃなくて、その通り。伽瀬田さんも経験者なんだ。

「身近な人になればなるほどです」
 それなのよ。伽瀬田さんの答えは満点。
「二人は、そういうタイプなんだな。俺には、わかんないや」

「僕が碧海さんのスタントダブルゆえに、碧海さんと僕の狭間(はざま)で混乱している方もいらっしゃいます」

 心当たりはないのに、なぜか伽瀬田さんの言ったことが気になり、見逃してしまいそうなくらいの小さな動きで、ちらりと伽瀬田さんを見た。

 私の視線を予期していたような瞳は、私の瞳を見逃すことなく受け止める。

「花音ちゃんみたいな憑依型のファンもいるだろうな」
 まるでひとごとみたいな碧海さん。

「伽瀬田は憑依型だもんな。観客には俺だと思い込ませて、絶対に伽瀬田だとバレない。大したもんだよ」

 少し口角を上げた優しい微笑みを浮かべる。だから、完璧に碧海さんを演じ切っているのか。

「スタントダブルの伽瀬田は職人技で、背中でも俺を演じられるほど、常に俺のことを研究してる。まさに観察力の賜物」

 さっき伽瀬田さんが言っていた通りだ。