都内某所の一軒家。そして、ゴールデンレトリバーの八之助と黒猫のノア。
他界した両親が私に唯一残したもの。
がらんとやたらと大きい家は一人ではさみしい。
でも、二匹がいるのを見ると私は心が安らぐ。
言葉は通じないけど、嬉しい時は一緒に喜んでくれ
悲しいときは慰めてくれるような、そんな気がした。

私は一人じゃないんだ。

だからね、お母さんお父さん、安心して見守っていてね…




その日は市原有沙の最悪の1日だった。
1年間片思いした先輩が同期と婚約したことを知り、
会社では重大なミスがわかって処理と説教に追われ自宅謹慎を命じられ(しかも減給!)電気料金を払い忘れて帰っても電気がつかない。
誰かに慰めてもらおうにも友達は仕事や恋人で連絡がつかない。
もう本当にサイアク!
どうして嫌なことってたくさん重なっちゃうんだろう!
家の玄関で突っ伏して泣いていると、のそのそと大きな犬が近づいてきた。ハチだ。
ハチが私のよこで添い寝をするように体をひっつけた。
そして、ハチのほかにも小さな動物の気配、ノアが静かに近づいてきて、
私の顔を覗き込んだ後、背中に軽く猫パンチを放った。
ハチやノアにも今日の私がいつもと違うことはわかるらしく、気になっているみたいだ。

玄関で倒れながら目を閉じた。
あーあ、本当にダメダメな1日だったなぁ。
せめて、友達にちょっとくらい愚痴が言えたらよかったのに。
こういうときに限ってみんな留守電、留守電、未読、未読、未読…。
仕方ないよね、みんなはみんなで忙しいんだから。
もし、恋人がいたら今の私を慰めてくれるのかな。
大変だったね、がんばったね、って言ってくれたらいいな。
髪を優しくなでて抱きしめてくれたら、いいのにな。
そんな人がいたら、ほっとするのに。
私の心を読んだかのようにハチが自分の顔を私の首にぐいぐいとこすりつけ、ノアが私の涙をなめてくれた。
ハチもノアも優しいな。恋人がいたらこんなふうに慰めてくれるのかな。二人…いや2匹が人間ならいいのに…。



翌日、目がさめるとまだ玄関にいた。
ほっぺが冷たい。
どうやらそのまま疲れて床に倒れて眠ってしまったらしい。
ふと目を開けると茶色い髪の青年がくりっとした目をこっちに向けて横に寝ている。
「ギャッ!?」
びっくりして飛び起きると、青年は目を見開いて明るい顔をする。そして大声で言う。
「ノアーー!!アリサが起きたーーっ!!!」
「やっと起きたのかよ、遅すぎ。俺ですら起きてる時間じゃん。」
廊下からは黒髪で華奢な青年があくびをしながらゆっくり近づいてくる。
「あなたたち、誰!?」
「僕はハチだよ!!アリサ!!」
「は?知ってるでしょ、ノアだよ」
私はまだ夢を見ているのだろうか…

「アリサが元気になって良かったよね!ノア!!」
「まーな。てか、落ち込むよりもびっくりの感情が勝ったって感じだけどな」
「ええと、ごめん説明してくれる?」
「うーん、そうだなあ!昨日、アリサが帰ってきて倒れた時にすごく辛そうだったから、僕が人間だったらいいなー!ってすごい思ったんだ!そんで、朝起きたら人間になってた!」
「…。俺も同じ。アリサがうるさいから人間の言葉で「うるせえ!」って言おうと思って。」
「…ノアって人間になっても素直じゃないよねー!」
「はー?何言ってんだ!本心だっつの。」
「だからさ、アリサ。人間になった僕らにできることあったら言ってよ!」
「…聞いてやらないこともないぞ。」
アリサの目からぼろっと涙が落ちる
「えっ、えっ、どうしたのアリサ!悲しいの!?僕、何かした!?」
「あーっ、その、なんだ、俺がキツく言ったのがダメだったら謝る!そのっ…あーっ!」
アリサは泣きながら笑顔でつづける。
「っ、ぐす、、あは、あははっ!うん、ありがとう、ハチ、ノア。あたし、すごい昨日悲しかったけど、2人が慰めてくれて…2人がいてくれて本当に良かったなって思ったの。うん、2人とも大好き。ありがとう…。」
2人みたいな人間がいて、恋人になれたらなって思ったの。あたしも2人と同じ気持ちだったから人間になれたのかな。
これって神様からのご褒美っていうのかな。そんなこと、恥ずかしくて言えないけど…。
ハチとノアは私が嬉しくて泣いたのがわかると、ふたりで顔を見合わせて笑っていた。