「あのね、同期の新年会のことなんだけど……」

俺を玄関まで見送って来た沙都が、言いづらそうに俺を見上げて来た。

「ああ。メール来てただろ?」

「それで、やっぱり私が幹事やるのはもういつものことになっちゃってるから、今更やらないって言うのも変かなと……」

「ん? 分かってるよ。だから、次もやるんだろ?」

沙都の表情の意味することがよく分からない。幹事をやることになるだろうというのは聞いている。

「生田は……。生田は、来る?」

「俺? ああ、そのつもりでいるけど」

何か不都合でもあるのだろうか。
俺は基本的に飲み会の類ものは積極的に行きたいと思うタイプの人間ではない。
付き合いが大事だということは理解しているつもりだ。でも、正直なところ、面倒くさい。
そんな俺が同期の飲み会には、よっぽど都合がつかない場合ではない限り極力出席して来た。

その理由は……まあ、一つしかない。
沙都がいるからだ。

以前は課が違う上に、親しくもなかった同期である沙都に会うには、飲み会くらいしか手段がなかった。

それに、また自分を捨てて世話しまくっているであろうあいつを見守らずにはいられなかったから……。

「そのことなんだけど……」

「なんだ? 何か言いづらいこと? 怒らないからはっきり言えよ」

要領を得ない沙都にしびれを切らし、沙都の身体を引き寄せる。
こうして優しく抱きしめれば、言いづらいことも言い易くなるだろう。

「……うん。京子のこと。京子は私たちのこと知ってるでしょ? それに京子は――」

「……ああ、そういうこと」

俺と沙都が二人でいるところを見たくはないんじゃないかということか。
それでいて、いつも幹事までして参加している沙都が行かなければ、香川に気を使ったみたいで不自然だ。俺なら、特に同期と親しくしているわけでも飲み会で盛り上がっている人間でもない。俺が出席しなくても誰も不思議に思わない。

「……年明けは係長になったばかりでバタバタするだろうし、俺は今回はパスしようかな」

「なんか、ごめん」

俺の胸の中で沙都が申し訳なさそうに呟く。

「いいよ。俺は別にこれまでだって、特に同期と盛り上がりたくて行ってたわけじゃないから」

「じゃあ、なんで来てたの? 私ずっと不思議だったんだ。生田ってみんなとワイワイするタイプでもないのに、同期の飲み会の出席率高いなって」

気付かれていたか。
それはそれで、なんだか少し悔しい。

「そんなことより。おまえは、ほんと気を使うタイプだな……」

その背中を包み込むように抱きしめる。

そういう人間だから――。
誰もが皆、沙都みたいに人の気持ちを考えているわけじゃない。
相手の立場にたってものを考えたりしない。
だから沙都は気遣うばかりで、人からは心無い言動を受けて。

「そういうわけでもないんだけど。まあ、ただの偽善? 打算?」

沙都はそう言うけど、俺は分かってる。
笑っている分だけ、見えないところで泣いていることーー。

「偽善だってなんだって、それだけ相手のことを考えていることには違いない」

より力を込めてその腰を抱く。

「また、無理するなよ? あんな奴ら、酒さえ飲ませておいたら放っておいたって構やしないよ」

俺がそう言うと、「確かにね」と沙都がふふっと笑った。

「じゃあ、帰るな」

「うん」

名残惜しさを押し止め、沙都の身体をそっと離した。

ほんと、離し難い……。

心の中で溜息をつきつつ、一人誰もいないマンションへと向かう。