「郁実ちゃん」

「あれっ、いらっしゃいませ」



こだわりのハンバーガーを出す、カリフォルニア風のカフェでレジに立っていたら、美菜さんが手を振りながら入ってきた。



「通りから見えたから」

「ここもよく使うんですか?」

「使う使う。郁実ちゃん、働くお店の趣味いいよね」

「美菜さんも、入るお店の趣味いいですね」



ふたりで褒め合って笑う。

私の場合、超短期だから、研修があったりマニュアルが厳格だったりする巨大チェーンでは働けない。

なのでバイト先は自然とこういう、オーナーが趣味全開でやっていたりするところか、家族経営の小ぢんまりしたお店になってしまうのだ。

美菜さんは、独自の雰囲気のあるお店でくつろぎたいタイプなんだろう。

カウンターに置いたメニューを見ながら、なにやらにやにやとこちらを見てきた。



「いくとなにかあった?」

「え」

「最近あいつ、すっかり持ち崩してて。どうしたのか訊いたら『郁がひとりで大人になろうとしてる』って泣いてるの」



あら…。



「上、テーブル席って空いてるかな? すぐ遠藤が合流するの」

「大丈夫ですよ、あの、持ち崩したって?」

「笑っちゃうようなミスばっかりしてる」



夏の午後、外を歩いてきたんだろう、いい香りのするハンカチで顔をあおいでいる。

ミスばっかりって。

大丈夫なんだろうか、健吾くん。

私の顔色が変わったのを見てか、美菜さんが明るく笑う。



「なんの問題もないようなつまんないミスだから大丈夫。郁実ちゃんたちで言えば、靴下の長さが左右違うとか、そういうレベルの」

「それけっこう気づくとダメージあるやつですね」

「本人にはね、あ、遠藤、こっち!」



お店の入り口できょろきょろしていたスーツ姿の男の人を、ひらひらと手招きした。

遠藤さん、スーツだとだいぶイメージ違うなあ!

川辺で会ったときは遊んでそうな感じに見えたのに、こうして会うとバリバリのビジネスマンだ。

日に焼けたたくましい首が、真っ白なワイシャツとネクタイに包まれていて、いかにも営業マンて感じ。