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ーータッ、タッ、タッ



「なぜカヴァネスを雇う金はないのに
御者は雇えるんですか……」



下手をすればカヴァネスよりも
高いはずだ。


馬車そのものは、(もちろん馬も)
きちんとある。


それも、フォスター家の家紋もついた、
由緒正しい者のみが乗れる高級な馬車だ。


今は倒産寸前なフォスター社も、
お父様が生きていたときはとても
上手くいっていたのだから、

高い買い物も普通にできた。


この馬車はもっと昔のものらしいが、
なんども修繕されたせいで、
初めの部品はほぼない。

いや寧ろ、少し錆びた家紋を除けば
見た目は新品同様だ。


果たしてそれがフォスター家に
“代々伝わる馬車”と認めていいもの
なのかは怪しいところだが。



「…………」



シリウスはなにも言わなかった。


人間がだんまりを決め込む時は、
殆どなにかを隠す時か、その相手が
嫌いか、言葉が見つからないか。

これのどれかだと私は思う。

(シリウスは悪魔だが、思考は大体
人間と同じだ)


シリウスが現在、私を嫌っている様子は
ないし、からかっている様子もない。

言葉だって答えにくい質問でもないだろう。


とすると、やはりなにか隠している。

考えたくはないが……



「まさか、まさかとは思いますが貴方、
本当はカヴァネスを雇う金が充分あるのに

私の家庭教師をやりたいがために
嘘をついた訳ではないでしょうね?」



「さあ。お嬢様はなんとお答えして
ほしいのですか?」



質問を質問で返すな馬鹿者が。


ーーチッ



「私としては、私が只の自意識過剰で
あるならば嬉しいですが。」



私は正していた背中を背もたれに預け、
腕を組んだ。

大柄な態度と言われても致し方ないが、
この姿勢の方が楽だった。