安堂くんの真っ直ぐな瞳があたしを捉えていた。

それと当時に太陽が、雲に隠されてしまったらしく、少しだけ世界が暗くなった。

その薄暗い世界の中でも、安堂くんは美しい。

その顔は、いつものような無表情ではなく、子犬みたいなすがる様子もなく。

ただ、真っ直ぐにあたしを見据え、そしてふいっと逸らした。

人を好きになったこと――…。

あたしは――……。







………ない。


思い返してみたところ、“好き”という言葉と一緒に、浮かんでくる顔が1つもない。

昔好きだった駄菓子とか、キャラクターもののアニメとか、サイダーとかジュースとか、そういうものは浮かんで来ても、男の子の顔がひとっつも浮かんでこない。


(彼氏が出来ない盲点が、まさか、ここに…!?)


授業中、ノートにグリグリと落書きをしながら、そんな自分にうなだれた。

あの瞳は、本気で誰かを好きになったことのある瞳だった。

真っ直ぐで、濁りなくて。

それでいてどこか儚くて、でも強くて。


(そういやあたし、彼氏が欲しいって言ってるだけで好きな人とか全然いないや…)


そっと、同じ教室にいる安堂くんへと視線を向ける。

教室では、全然喋らない。

目も合わせない。

相変わらず、女子にキャーキャー言われている。

でも全然靡かない。

だからって冷たいわけじゃない。

必要最低限の会話はきちんとしてくれる。

でもどこか無気力な脱力系。

今も髪の毛が、ふわふわと風に揺れている…。


「知枝里、知枝里ってば!」


なべっちの大きな声に呼ばれて、あたしは隣の席のなべっちを見た。


「なに?」

「なに?、じゃなくて…っ」

「え?」

「こーばーやーしーぃー!!」

「ひっ!!」


正面に、さっきまで黒板の前にいたはずの先生が立っていた。


「私に気付かないくらい、安堂に見とれているとはいい度胸だなぁ~!?」