旅立ちの時間まで、あと数時間。


やり残したことすべてやろう、と忍び込んでみたはいいものの。


「朔(さく)見てこれ。防犯する気ねえーっ」


けたけた笑う陽(あきら)と違って俺はだんだんと、低すぎる高校の防犯意識が不安になってきていた。


卒業する俺にとってはもう、関係なくなるんだけどさ。


ぶらりと垂れ下がるだけの南京錠を尻目に、とっくに解放期間の過ぎたプールへ足を踏み入れる。


「すげーっ、何もねえ! 予想通りたいしておもせくねー……って、いねえし!」


更衣室から出てきた陽は、飛び込み台に腰かけようとしていた俺を見るなり眉を吊り上げた。


「朔この野郎! 独り言にさせんなや!」

「俺を置いてくおまえが悪い」

「アホ! マイペース! もっと前のめりに楽しめって言ってんのーっ!」

「さっき、たいして面白くないって聞こえたんだけど」

「おもせくねーのが面白いっ」

「転ぶなよ」


大股で1歩進んだ陽は、ステップを踏むみたいにくるくるとプールサイドを回り始める。時折立ち止まってフェンスの向こうに目を凝らしたり、空を見上げたり。


意味のない行動。交わす言葉さえない。それでも無駄を感じないのは、陽を目で追うだけの時間が10年の間に、俺の日常へと染み込んでいったせい。


「朔!」


指し示されたプールへ一応目を向けるが、陽が何を見ていたのか、何を教えたいのか、頬をゆるめる理由だって、知っていた。


「きれいだなーっ」

「……そうですね」


濁ったプールの水面に反射するただの半月がきれいだなんて、どうかしてる。


どうかしてるけど、月明かりのおかげで嬉しそうに笑う陽が見られたから、きれいだってことにしておいた。