俺には母親がいない。

元々身体の弱かった母は、俺を産んでしばらくしてから病死したと聞いている。

昔の写真でしか彼女を見ることは出来ないが、繊細そうで綺麗な人だった。

俺と写っているのは、産まれて間もない時の、面影もほとんどない猿みたいな俺を抱いて撮られたものしかない。

だから、俺が甘えることが出来る大人は父親と、母親代わりのような存在の保育園の先生くらいだった。


成長して、周りの奴らが反抗期を迎える頃になっても、俺は父親に歯向かうことはあまりなかった。

もっとロクでもない父親だったら言うことなんて聞かなかっただろうが、彼は俺のことを大事に想ってくれているのを、ずっと感じていたから。

そんな父親を悲しませたくなくて、嫌なことや不満があっても心の中に留め、表面では笑顔を作る習慣がついてしまった。


そのせいだろうか、時々本音や厳しいことを口にすると“腹黒い”と言われるのは。……いや、単純に性格が悪いだけか。

まぁ、特に気にしていないから、どう思われてもいいのだが。


こんな俺が、今マシロと関わっているなんて、運命というものは本当に不思議だと思う。

俺を敵視しているあの彼女に、特別な感情を抱いてしまっていることも──。